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おーさみしもー!

門の扉が開かれて、人々がぞろぞろと出てきます。

女も男も。

自転車の男が登場します。

犬も一瞬現れます。

総勢30~40人といったところでしょうか。

映写時間にして1分足らず・・・これが1895年12月28日、パリのキャピシーヌ街のグラン・カフェの地下室ロン・アンディアンで公開された〃シマトグラフ・リュミエール"。

いわゆる"最初の映画"の1本、『リュミエール工場の出口』です。

被写体となったのは、リュミエール一家がリヨンで経営していた写真製品の工場で働いていた人々です。

もちろん字幕などあるはずはなく、『工場の出口』といっても、便宜的で慣習的なタイトルなのでしょう。

もし朝の出勤時間に撮影されたのであれば、ここから人々がぞろぞろと中へ入って行く光景が記録されたはずです。

しかし、それでは絵にならないと、撮影者(多分ルイ・"弟"リュミエール)は判断したのでしょう。

わたしたちは"最初の映画"に既に単なる実写ではない、何らかの演出意図を察知しなければなりません。

事実、今日では、『工場の出口』には、この年撮影された3つの版があったことが知られており、わたしたちが通常目にしていた『工場の出口』は、実は3本目の『工場の告』であると考えられています。

撮影者は、この出口が入口でなく、出口として機能していることに、こだわっていたのです。

おーさみしもー! その2

"映画"が19世紀、工業化時代の技術革新の一つの結果であるなら、"工場"はより直接的に、その時代それ自体を表現しています。

そして『工場の出口』の映像に姿をとどめた"工場から出てくる人々"こそ、工業化の発展によって創出された人々、つまり労働者・大衆なのでした。

おそらく彼らこそが、来たるべき20世紀に大衆娯楽の王者たる"映画"の主たる観客となり、担い手となって行くのです。

この映像で見られる人々は、そのまま見る人々に変わり得るのです。

映画史家サドゥールの伝えるリュミエール時代のエピソードでは、こんなことが伝えられています。

「カメラマンたちは、人通りの激しい四つ辻に数時間もカメラを据えつけて、フィルムを装填していないカメラのハンドルを廻し続けた。

夕方になると、自分たちが写されていると信じこんだ野次馬たちが、スクリーン上で自分の姿が見られると思って映画館に押しかけた」


『工場の出口』という"最初の映画"は、大衆という"映画"の社会的存立基盤を二重の意味で表現しています。

このような"映画"の存立基盤は、同様に20世紀を風靡したコミュニズムとも共通する以上、両者の消長がほぼ同時的に推移したのは、偶然といえるでしょうか。

レーニンは映画の宣伝・教化機能にいち早く着目していましたといいますが、"ハリウッド帝国主義"とスターリニズム支配とは、共時的に相呼応する歴史的現象として考察すべき主題ではないでしょうか。

フルシチョフによるスターリン批判は56年、フランスでヌーヴェル・ヴァーグが始動するのが58年。

コミュニズムが相対化された現在、映画もまた同じ運命を辿るのでしょうか。

"最初の映画"が"映画の最後"すら予感させるのは、人間の営みの必然なのでしょう。

ぐれいと

毎年12月1日は"映画の日"です。

各映画館が割引料金になりますよね。

1896年11月25日を日本に映画が渡来した日として、きりのいい12月1日にずらして実施しています。

しかし、その時に公開されたのは、実はエジソン発明の"キネトスコープ"。

つまり覗き眼鏡方式の器械だったのです。

スクリーンに投写する真の"映画"の輸入公開は、その直後、リュミエール兄弟の"シネマトグラフ"とエジソンの"ヴァイタスコープ"が、全く無関係な4つの経路で招来されました。

1番乗りは、京都の実業家でオーギュスト"兄"リュミエールと旧知の稲畑勝太郎氏により、1897年2月15日に大阪で初公開された"シネマトグラフ"。

稲畑氏の帰国には撮影技師ジェラールが同行して来日し、彼が撮影した稲畑家の食事風景など当時の日本の映像は、フランスに保存されています。

それは、60年に来日したマルロー文化相によって国立近代美術館に寄贈されました。

えすとぅぺんど!

ある人妻が、社交界で知り合った日本人の裕福な骨董商から、夫に内緒でお金を借ります。

この親切で礼儀正しい、東洋の紳士に惹かれた彼女は、借金の条件である密会の約束も受け入れてしまいます。

ところが次の夜、お金の工面をつけた彼女が借金を返し、約束を翻そうとすると、男は突然その残虐な正体を露わし、彼女の白い肩に自分の蒐集品であることを示す焼印を押してしまいます・・・。

監督のセシル・B・デミルは、一般には『十戒』(56)などのスペクタクル大作で知られていますが、キャリア初期のサイレント時代には、きわどい風俗劇を数多く作っていました。

それらの中には、無人島に流れついた1組の男女の生態を描いた『男性と女性』(19)のような軽妙なタッチのコメディもあれば、この作品のように妖しく淫靡な雰囲気に包まれたドラマもあります。

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えすとぅぺんど! その2

この映画のスキャンダラスな内容は、慇懃さの裏に隠された残忍な本性といった、黄色人種に対する差別的なイメージを露骨に体現しています。

そのために日本では、この作品は"国辱映画"として公開されなかったのです。

主演の早川雪洲にも非難の声が浴びせられました。

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しかし、そうした悪役を演じる早川は、持ち前の端正なマスクと神秘的なムードによって、(特に女性)観客に絶大な人気を博し、ハリウッドで活躍する初の日本人スターとして、その後も多数の映画に出演することになりました。

さらに、この作品の反響は単にセンセーショナルな話題性や、エキゾチックなセックス・アピールの域にとどまりませんでした。

当時のアメリカ人俳優とは明らかに異なる、早川の抑制された表情や演技。

また、明暗を活かしたすぐれた撮影手法・・・。

主人公が焼きゴテを熱する際に、火鉢に息を吹きかけ、その炎の明かりで彼の顔が暗闇に浮かび上がるといった演出は今見ても秀逸です。

これらを通じて、映画芸術を大きく前進させたとして、特に当時のフランスで、批評的にもきわめて高く評価されたのです。

ふぁんたすてぃこ

もともと映画は、記録性と幻想性というふたつの対照的な要素から成り立っているメディアです。

記録映画の祖として、映画のもつ飛び抜けた記録を事実上、世界に知らしめたのはリュミエール兄弟ですが、映画に潜在していた幻想的な力をもののみごとに引き出し、この領域での先達となったのは、同じフランス人のジョルジュ・メリエス(1861~1938)です。

メリエスは1896年から1912年にかけて、およそ500本の短編作品を世に送り出していますが、そのほとんどがトリックを駆使した幻想映画です。

そしてもっとも有名なのがこの『月世界旅行』で、この作品によってメリエスの名は後世にまで語り継がれることになったのです。

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『月世界旅行』は、ジュール・ヴェルヌ『地球から月へ』と、H・G・ウェルズ『月世界最初の人間たち』のふたつの小説が下敷きになっており、SF映画の元祖ともいうべき作品です。

全篇は30のシーンから構成されており、これは当時としては破格の長さでした。

このため、最初、興行師相手に上映会を開いたとき、すこぶる評判が悪かったそうです。

また、あまりにも現実離れした内容に宣伝ポスターをみた人々にも相手にされませんでした。

しかし、そのうち映画をみた人々から評判が広がり、最終的に映画は大成功をおさめます。

筋はいたって簡単。

月世界旅行の夢を果たそうと、科学者たちがロケットを完成させます。

そしてついに月面に到着しますが、結局月世界人に追われて、地球に逃げ帰ってきます。

内容的にはたわいもない空想物語ですが、ここには黎明期を脱した映画の姿が、現代にまで通じる物語映画の祖型があります。

もともと興行師であったメリエスが、はじめから映画をひとつの見せ物としてとらえていたとしても不思議ではないでしょう。

映画が観客に夢をあたえる商品なら、それなりに創意工夫する必要が生じます。

それまでは、リュミエール作品のように、周囲の日常風景を淡々と綴ったものが多かったのです。

しかしメリエスの登場によって、映画の製作方法が一変します。

あきらかにそこには、映画は作られるものだという認識がありました。

彼がスタジオを建設し、近代的な製作システムを確芒ていったのも、そのあらわれでしょう。

こうして映画は、産業としても大きな影響刀をもつようになったのです。

ふぁんたすてぃこ その2

メリエスは映画にさまざまなトリックを導入しましたが、このことは映画言語との関係においても重要な意味をもっています。

たとえば特殊効果を用いれば、時や場所を一瞬にして変化させることができます。

これは物語を語る語り口の幅が広がったこと、すなわち映画言語が豊かになったことを意味しているのです。

また、トリックによる時間や空聞の処理は、あいまいであった演劇との相違点を一気に明確なものにしました。

映画が独自の美学をもったジャンルであることを人々に認めさせるうえで大きな役割を果たしたのが、これら草創期のトリック撮影なのです。

この作品でも逆回しや二重焼き付けが活用されていますが、もっとも頻繁に用いられているのが、カメラを回すのを一時中断し、細工をほどこしてから、ふたたび撮影を続行する特殊撮影。

夜、月面で科学者たちが寝ているとき、突如として、星々や月世界人が姿をあらわす場面や、翌日、かれらが洞窟のなかを探検しているとき、地面に突き立てた雨傘が、たちまちきのこに変わってしまう場面などにみられます。

ただし、さまざまなトリック撮影を開発し、映画の語り口に大きな影響をあたえた改革者メリエスも、カメラを動かすという点においては、同時期の多くの映画人と同じように守旧派でした。

この作品でもカメラはつねに固定されています。

ロケットが発射され、月面に向かっているシーンでは、カメラが月に近づいているかのように見えるかもしれませんが、これは月のほうがキャメラに近づいてきているのであり、カメラが前進移動しているのではありません。

『月世界旅行』は水面下で後世の映画とも深くつながっています。

たとえば監督ルイス・ブニュエルは、この作品の影響を受けたことをみずから認めています。

また、自由奔放さや幻想性という観点から前衛映画と、デコールという観点からドイツ表現主義映画と比較されることも少なくありません。

素晴らしい名作映画

特殊効果には、普通の撮影手段をとる機械的効果と、特殊な撮影技術による視覚的効果があります。

前者の場合、カメラの前で人工的に雨や雪を降らせたり、『ジョーズ』(75)のように模造物を作るなどし、機械的な仕掛けで創遣する効果をいいます。

後者の場合は、異なる要素を1つの画面に統合するプロセスや、フィルムのプリントを複写するオプティカル・プリンターなどを用いる光学処理が基本をなします。

戦前の『メトロポリス』(27)や『キング・コング』(33)、戦後の『2001年宇宙の旅』(68)などは、特撮技術の大きな成果でした。

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そして1970年代から80年代にかけて、この分野にエレクトロニクスが積極的に導入されるようになります。歴代のアカデミー賞に名を連ねるは『スター・ウォーズ』(77)などが、この時期の代表的な作品です。

まあまあ

1905年、ルイ・フイヤードは世界最初の女性監督アリス・ギイの脚本担当としてゴーモンに入社し、翌年には監督となりました。

初め追っかけ喜劇を撮って好評を博していた彼の転機となったのは、『ファントマ』5部作を世に放って、連続活劇のブームを作った13年。

そして、よりスケールアップした新シリーズを開始します。

15年から翌年にかけて発表された『ドラルー』10部作がそれです。

全篇で8時間24分にもなる怪物的な大長篇で、一篇が短いもので17分、長いものでは1時間強もあり、実に想像力をかきたてられる題名がついています。

「第一篇・切られた首」
「第二篇・人を殺す指輪」
「第三篇・赤い暗号文」
「第四篇・幽霊」
「第五篇・死者の逃亡」
「第六篇・魅惑する眼」
「第七篇・サタン」
「第八篇・雷の支配者」
「第九篇・毒の男」
「第十篇・血塗られた婚礼」

『ドラルー』の各篇は、それぞれがパリという街に巣食う陰謀と妄想の網の目の一片といえます。

新聞記者フィリップが相棒のマザメットとともに、"吸血団"という犯罪組織と闘うというのが物語の骨子になっています。

吸血団の首領は、医者や貴族など様々な変装で登場する大吸血鬼。

第一篇はドクター・ノックスの館を訪ねたアメリカ人富豪シンプソン夫人の宝石の盗難事件を軸に、額縁の裏の隠し戸から刑事の首の入った箱が見つかるまでの話です。

秘密の抜け穴から脱出した黒装束の大吸血鬼がパリの屋根を歩き、壁を伝って降りてくるのをパンで追ったラストの画面に、都市の暗黒面の奇妙な魅力が放たれます。


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まあまあ その2

劇場の楽屋からはじまる第二篇では、伯爵に化けた大吸血鬼が踊り子に毒針のついた指輪を贈ります。

こうもりの衣装を着けた踊り子が天井から降りてくる舞台を奥に、伯爵のいるボックス席を手前に配した当時として驚異的な奥行きを持った画面が素晴らしいです。

カメラは舞台に寄って、編蟷の羽を広げた踊り子の体がゆるやかに崩れ落ちる瞬間を捉えます。

痙攣する美とはこの場面のためにある言葉でしょう。

第三篇に移り、ミュジドラ扮する女盗賊イルマ・ヴェップが登場します。

どことなく愛嬌を漂わせる目だけくりぬかれた黒頭巾から、全身透けそうな黒絹のタイツまで、黒ずくめのエロティシズム。

フィリップは吸血団の暗号を解読し、イルマが歌うキャバレーに向かいます。

看板を見たフィリップは、イルマ・ヴェップの文字が吸血団のアナグラムであることに気づきます。

ここでアニメーションのテクニックが使われ、「IRMAVEP」の文字が動きだし、「VAMPIRE」に並び変わるのです。

フィリップの視点による鏡のショットの中では、女中に化けたイルマがベッド脇の水の容器を取り替えているのが映ります。

この後、宝物を隠した地図とか、室内から航海中の船を撃沈する大砲や、舞踏会の客を眠らせる催眠ガス、橋から飛び降りた列車上の銃撃戦など、心臓の震えが休まらない展開が続きます。

各篇を追うごとに催眠術師やサタンや化学者や偽イルマが登場し、悪漢たちも敵味方に別れ、諜報戦を繰り広げます。

まだ切り返しショットが発明されていない時期だけに、全景での芝居が多く、アップ・ショットが時折挟まれる位の簡潔なデクパージュがかえって新鮮。

大吸血鬼を閉じ込めたトランクが車から降ろされ、河に落とされる時のロング・ショットの生々しさには、思わず息を飲むばかりです。

『ドラルー』はリアリズムとファンタジー、つまりリュミエールとメリエスの奇跡的な融合です。

パリの屋根の下、怪しい屋敷や路地、フォンテーニュブローの森・・・。

当時の観客は、まるでパリで今まさに犯罪が進行しているような臨場感を味わったことでしょう。

フランス政府は、良俗を乱すという理由で上映禁止の処分にします。

フイヤードは主人公を善玉にすればいいだろうと、刑事を主役に次のシリーズ『ジュデックス』(16)を開始しました。

後年、長らく忘れられていたフイヤードはアンリ・ラングロワによって復活します。

そして、この作品で一躍スターの座を得たミュジドラは、晩年シネマテーク・フランセーズの切符切りをしていたといいます。

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